鉄アレイとスキレットと(番外編)
経済格差は女性を売春婦に貶めるか
岸田秀(学者)によれば、男は総て性的不能者であり、その裏返しとして女性差別に走る。
岸田秀:公式サイト
http://kishidashu.com/rsdiscuss/yuigenron/topic-10/?recent=45
喫緊の問題として、経済的格差が目に見えるように出てきたこの国において女児はどう扱われていくのかが問題なのである。
経済の格差は教育に出る。
教育は、言ってしまえば、どのくらい高度な情報処理装置を己の中に作り上げるか、それだけのことなのだが、公立の小中高にスキルのある教師が居るとは言えない。
地方に至っては惨憺たる状況である。大分県のように教員が縁故で採用されるのは普通であるからだ。
官僚もしかり、である。ただ、あそこには何らかの不正があるだろう。そうでないと代々官僚だ、なんて連中は出てこない。
世襲の業種に携わっていると人間が腐っていく。
経済格差に戻ると、顕在化したのは給料が上がらなくなったこの10年である。
自分の給料が少しでも上がっていれば、気付かなかったし、目にも付かなかったはずである。
些細なことに敏感なのが、日本人の特性らしい。
既得権益を持つ人間達が、自分の懐が寂しい人間にも見えてきたのである。相対的に。
既得権益を持つ彼ら、彼女らの子供達はどうか。
高度な訓練を受けている。金とはそういうモノだ。
相続税が高いので財産を受け継げない、などということはない。高度な訓練、教育は金があったからこそである。
男女共同の、などという経済が順調ならば多少は進んだであろうことも、この格差が露呈したことでおかしくなってしまい、進まない。
部長・課長は男である。おっさんである。マネジメントはやらなければ身に付かないし、やればそれなりに格好が付くモノである。そのチャンスが女性には与えられない。
世の中で大半の金を稼ぐ場所の現状が、こうなのである。
既得権益を持つおっさんが、敢えて女性の管理職を導入したりしないのである。
会社員という職業がこの国では成り立っているらしいのであるが、そこに女性は居ない。
では、商品としての女性はどうか。
あり得るだろう。
一昔前の企業戦士とそれを支える営業スタッフとしての女性。結婚は男から見れば会社で半径3mだった。兵士に慰安婦である。
その構造も変える暇もなく不況で女性を差別していく。
男が作ってきた既得権益である。女性に渡しはしない。男として振る舞える女性には与えることもあるが。
そうして、必要な教育の機会を奪われた子供が多数発生していく。
不況、経済破綻とはそういうことなのだ。日本の室町時代がそうである。江戸幕府の最後も経済破綻が大きい。
負の連鎖が始まったときに、男尊女卑の社会が取り得る行動は再度の女性の2分化である。
教育機会の無かった女性をその身体を商品としていく所に追い込む、もう一方は、専業主婦という名の専属娼婦である。今でも行われているからどうでも好いのかも知れない。
人が人として生きるにはあまりに難しい世の中かも知れない。
2008年12月23日火曜日
2008年11月8日土曜日
こらえてこらえて、涙しながら待つのだ その2
ここ3年ちょっと読んでいる本がある。
歴史系の本だ。そこにマネジメントがある。
確かに美化されているかも知れない。ご都合主義かも知れない。
けれどね、面白いのだよ。そこには歴史が動いた事実がある。人が動かすしかないんだ。
何が駄目だったのか、どうして駄目だったのか。
全く他人には見えないかも知れない。
ただ、あのジェネラルマネジャは理解していた。おいらが、本質的なところでPMではなかったことを。
悔しいではないか。
けれど、そんなに大きめのプロジェクトのPMの椅子が来るのは難しい。
だからこそ、ここで待った、待ったのである。
ただ待つだけで仕事が来るとは思わないでくれ。
どれだけ人に会ってきたか。おいらが何をできるか、それを売り込んできた。
時は残酷なのだ。
今日がベストコンディションであっても、その今日は気力・体力・知力を失ってしまった年齢になるかも知れないのだ。
もう1年、総合商社の契約があったが、そんな楽をしていたら戻れなくなる。
ギリギリの決定だった。
きっとね、プロジェクトの中にしかおいらの場所はないんだろう。
何度も何度も考えてきたが、頭の中で考えていても始まらないのである。
現場が無くてはどうしようもない。それだけで好いのだ。
前に進むには、もう一度現場でやり通すしかない。
やっておかないと、負け犬のままで老いを迎えることになる。
それで好いのか?
そんなはずではなかった、そんなことは言いたくない。
様々に想いを巡らしてきたが、ストーリィが足りなかったことも思い当たる原因である。
ゴールがどうなっているか、それを自分で腹に落とす。
いや、どうしたいかが問題だった。
どうしたいか、それはゴールをどこに落とすかを自分で決めるのが肝だった。
そして本当のステークホルダを見極め、どう動かしていくか、そんな程度なんである。
後は、タイミングだ。
どこから手を掛けて、どこへ持って行くか。日本の会社とやるのだから、その風土に合わせることは恥じゃない。
下手なプライドは捨てることだ。
それだけ、待ったのだ。ここまで待って、そしてやるのだ。
やり通すだけなんだ。
どれだけの夜を悔しさに包まれて待って、待ってきたことか。
歴史系の本だ。そこにマネジメントがある。
確かに美化されているかも知れない。ご都合主義かも知れない。
けれどね、面白いのだよ。そこには歴史が動いた事実がある。人が動かすしかないんだ。
何が駄目だったのか、どうして駄目だったのか。
全く他人には見えないかも知れない。
ただ、あのジェネラルマネジャは理解していた。おいらが、本質的なところでPMではなかったことを。
悔しいではないか。
けれど、そんなに大きめのプロジェクトのPMの椅子が来るのは難しい。
だからこそ、ここで待った、待ったのである。
ただ待つだけで仕事が来るとは思わないでくれ。
どれだけ人に会ってきたか。おいらが何をできるか、それを売り込んできた。
時は残酷なのだ。
今日がベストコンディションであっても、その今日は気力・体力・知力を失ってしまった年齢になるかも知れないのだ。
もう1年、総合商社の契約があったが、そんな楽をしていたら戻れなくなる。
ギリギリの決定だった。
きっとね、プロジェクトの中にしかおいらの場所はないんだろう。
何度も何度も考えてきたが、頭の中で考えていても始まらないのである。
現場が無くてはどうしようもない。それだけで好いのだ。
前に進むには、もう一度現場でやり通すしかない。
やっておかないと、負け犬のままで老いを迎えることになる。
それで好いのか?
そんなはずではなかった、そんなことは言いたくない。
様々に想いを巡らしてきたが、ストーリィが足りなかったことも思い当たる原因である。
ゴールがどうなっているか、それを自分で腹に落とす。
いや、どうしたいかが問題だった。
どうしたいか、それはゴールをどこに落とすかを自分で決めるのが肝だった。
そして本当のステークホルダを見極め、どう動かしていくか、そんな程度なんである。
後は、タイミングだ。
どこから手を掛けて、どこへ持って行くか。日本の会社とやるのだから、その風土に合わせることは恥じゃない。
下手なプライドは捨てることだ。
それだけ、待ったのだ。ここまで待って、そしてやるのだ。
やり通すだけなんだ。
どれだけの夜を悔しさに包まれて待って、待ってきたことか。
2008年11月3日月曜日
こらえてこらえて、涙しながら待つのだ その1
鉄アレイとスキレットと(その9)
こらえてこらえて、涙しながら待つのだ
幾つも幾つもPM仕事をしくじってきた。
その原因ははっきりしている。
人を動かせなかった、それだけだ。
外から見れば、予定通りにカットオーバし予算も足を出すこともない。
黒字だ。成功にしか見えない。
だからといって、おいら自身は満足できていなかった。
PM:プロジェクトマネジャは、辛いが楽しい。
あの総てがとろけるカットオーバの瞬間を味わうと癖になる。
自分の技術力に溺れて、他人を顧みなかった。
できない奴は辞めさせればいい、そんな単純な考えでやっていたこともある。
その中で、4年ほど前大きな仕事が来た。
メインサーバのアップグレード、4ヶ月で5億の予算。
チーム数13、バイネームのリーダ16名、ユーザ7名、進捗会議は週に2回。
こちらに優秀なサブリーダを付けてもらったが、プロジェクトも佳境に入った3ヶ月目に親御さんが亡くなり、2週間不在。長男は辛いよ。
インフラでメイン担当の部長は徹夜が続き、途中で2週間ほど行方不明。
最後の2週間はどうしたんだろう。あまり覚えていないんだよね。
孤軍奮闘だったのか。それすら覚えていない。
当日も新サーバのミドルウェアがダウン(1ヶ月後に原因が判明)し、マシンが応答しなくなるハプニングが出たが、何とかカットオーバに持って行けた。
が、その後すぐ、PMを外される。
一番上は、ジェネラルマネジャ。
700人からのプロジェクトを束ねていた。
彼の方が年下なんだけどね。できる奴は凄い。
その彼の一言で、外される。
次はグランドデザイン、聞こえは好いが、ユーザ側の新任次長のお相手。
何をどうしたいのかが分からない。翻訳できない。
頭の中に持っていないのだから仕方ないが、それだったらこちらの提案を検討しても好いのではないか。
コミュニケーションは、お互いに取ろうとして初めて成立するのだな。
さすがに1年我慢したが、プロジェクトを離れる。
あてもない仕事をした後のせいか、1ヶ月休む。
本当に頭が上がらず、寝てばかり。精神的なダメージもあったんだね。
呼び出されて、そこからコンビニのシステム本部。
いやぁ、驚いた。
若手を集めて勉強会を開いたら、企画部長に、「そんなことは頼んでない!」と怒られたが、まぁ2ヶ月しか続かなかったな。
秋頃に、ちょっと手伝ってくれと全社の複合機入替(予算3億)で、その若手の勉強会に出ていた2人が手伝ってくれて、何とか予定通りにカットオーバ。
驚いたのは、何もしなかったというか、話を複雑にしただけの本部長と企画部長が自分の手柄にしてしまったこと。サラリーマンはかくあらねば、などといらぬ所に感心。
1年半ぶりのPMが少し、上手くいった。
棚ぼたではあるが、現場でやっていけば、成功のチャンスも広がるんだよ。
少しだけ手応えがあった。
だけどね、去年の2月でコンビニ本部を離れた。
システムの話ができないシステム本部って、どうよ?
それでさ、さっさとおさらばしたよ。
世の中、不思議な部署があるもんだね。
そしてそして、去年の3月から総合商社で医療関係のビジネスモデルと共に、IT系投資の可否を見ていくことになった。
最終的には、今年の8月までに3つの投資先から撤退、要はプロジェクトのクロージングを3件やったということだ。切ないね。
1年7ヶ月間で3つのプロジェクトクローズ。
できたら、プロジェクトは立ち上げて、カットオーバまで持って行きたいのが普通の感情だと思う。おいらは、そうでもないけど。
途中で撤退するのは恥ずかしいかな?
おいらは、続けて赤字を垂れ流すことの方が怖い。
止めるべきは止めるべき。
中止することを選択肢として持っていないPMは、PMではない。
それにしても、プロジェクトへの入り方からクロージングを意識していた。
できるだけ部課長を巻き込まずに、おいらの動きだけで納得してもらって、さすがに最後の挨拶程度は来てもらったが、上手くいったと思う。
立ち上げも大切だが、クロージングはもっと大切だと考えて動けていた。
そうして、そうして待っていた。
なんとしてもPM仕事でもう一度納得のいく成功をしたいと。
こらえてこらえて、涙しながら待つのだ
幾つも幾つもPM仕事をしくじってきた。
その原因ははっきりしている。
人を動かせなかった、それだけだ。
外から見れば、予定通りにカットオーバし予算も足を出すこともない。
黒字だ。成功にしか見えない。
だからといって、おいら自身は満足できていなかった。
PM:プロジェクトマネジャは、辛いが楽しい。
あの総てがとろけるカットオーバの瞬間を味わうと癖になる。
自分の技術力に溺れて、他人を顧みなかった。
できない奴は辞めさせればいい、そんな単純な考えでやっていたこともある。
その中で、4年ほど前大きな仕事が来た。
メインサーバのアップグレード、4ヶ月で5億の予算。
チーム数13、バイネームのリーダ16名、ユーザ7名、進捗会議は週に2回。
こちらに優秀なサブリーダを付けてもらったが、プロジェクトも佳境に入った3ヶ月目に親御さんが亡くなり、2週間不在。長男は辛いよ。
インフラでメイン担当の部長は徹夜が続き、途中で2週間ほど行方不明。
最後の2週間はどうしたんだろう。あまり覚えていないんだよね。
孤軍奮闘だったのか。それすら覚えていない。
当日も新サーバのミドルウェアがダウン(1ヶ月後に原因が判明)し、マシンが応答しなくなるハプニングが出たが、何とかカットオーバに持って行けた。
が、その後すぐ、PMを外される。
一番上は、ジェネラルマネジャ。
700人からのプロジェクトを束ねていた。
彼の方が年下なんだけどね。できる奴は凄い。
その彼の一言で、外される。
次はグランドデザイン、聞こえは好いが、ユーザ側の新任次長のお相手。
何をどうしたいのかが分からない。翻訳できない。
頭の中に持っていないのだから仕方ないが、それだったらこちらの提案を検討しても好いのではないか。
コミュニケーションは、お互いに取ろうとして初めて成立するのだな。
さすがに1年我慢したが、プロジェクトを離れる。
あてもない仕事をした後のせいか、1ヶ月休む。
本当に頭が上がらず、寝てばかり。精神的なダメージもあったんだね。
呼び出されて、そこからコンビニのシステム本部。
いやぁ、驚いた。
若手を集めて勉強会を開いたら、企画部長に、「そんなことは頼んでない!」と怒られたが、まぁ2ヶ月しか続かなかったな。
秋頃に、ちょっと手伝ってくれと全社の複合機入替(予算3億)で、その若手の勉強会に出ていた2人が手伝ってくれて、何とか予定通りにカットオーバ。
驚いたのは、何もしなかったというか、話を複雑にしただけの本部長と企画部長が自分の手柄にしてしまったこと。サラリーマンはかくあらねば、などといらぬ所に感心。
1年半ぶりのPMが少し、上手くいった。
棚ぼたではあるが、現場でやっていけば、成功のチャンスも広がるんだよ。
少しだけ手応えがあった。
だけどね、去年の2月でコンビニ本部を離れた。
システムの話ができないシステム本部って、どうよ?
それでさ、さっさとおさらばしたよ。
世の中、不思議な部署があるもんだね。
そしてそして、去年の3月から総合商社で医療関係のビジネスモデルと共に、IT系投資の可否を見ていくことになった。
最終的には、今年の8月までに3つの投資先から撤退、要はプロジェクトのクロージングを3件やったということだ。切ないね。
1年7ヶ月間で3つのプロジェクトクローズ。
できたら、プロジェクトは立ち上げて、カットオーバまで持って行きたいのが普通の感情だと思う。おいらは、そうでもないけど。
途中で撤退するのは恥ずかしいかな?
おいらは、続けて赤字を垂れ流すことの方が怖い。
止めるべきは止めるべき。
中止することを選択肢として持っていないPMは、PMではない。
それにしても、プロジェクトへの入り方からクロージングを意識していた。
できるだけ部課長を巻き込まずに、おいらの動きだけで納得してもらって、さすがに最後の挨拶程度は来てもらったが、上手くいったと思う。
立ち上げも大切だが、クロージングはもっと大切だと考えて動けていた。
そうして、そうして待っていた。
なんとしてもPM仕事でもう一度納得のいく成功をしたいと。
2008年10月12日日曜日
ビジネスモデルはローカルマネーベースへ
鉄アレイとスキレットと(その8)
ビジネスモデルはローカルマネーベースへ
ここ7,8年、個人的にローカルマネーを追っかけてきた
興味の赴くまま、「エンデの遺言」から始まり、マイレージまで幅広く捉えることになったと思っている
きっかけは、商品開発、マーケティング、資本主義である
我々、いや、私の活動は何を求めてどうやっているのだろうか
提供するモノは、提供する相手は、そしてその方法は、つまりは自分のサバイバルプランニングである
私の商売はコンサルティングであるが、それは本質的に何を意味するのか
解答が欲しかったのである
営業をとは何か、営業マンの本質とは何かを探っていたとき、一つの解答として
「自分を売り込むのだ、自分を買ってもらってこそ営業マンである」に行き着いた
そしてそこから自分の本業を考え、更にこの世界で生き残ることを考えていったわけである
生きていくためには、お金がいる
そのお金を得るためには、自分の売っている商品というモノを知らなければならない
私がやっているデータモデリングでは、メタの世界が必要であり、ここから
商品→代価→お金→金の回る仕組み→資本主義
という情報の連鎖を考え、少しずつ商品と資本主義のメタ世界へと探求が進んできた
商品をモノとサービス(役務)に分けるのは普通の認識だと思う
しかし、そこには何の本質もない。ビジネスモデルは「儲かる仕組み」である
ここに現実でビジネスをしている人たちと、ビジネスモデルを開発する人たちの認識の乖離が出てくる
売ったり買ったりという、ビジネス、そこで売上だとか減価だとか通貨に換算した会話が為されるが、その通貨そのものも商品であることにどれだけのビジネスマンが気づいているのだろうか
円をドルで買う、ユーロで買う、当たり前である
日本の外から見れば、あるモノの価値はいつでも相対的であり、絶対の価値を持つモノはない
そこから導き出せるのは、円を元にビジネスを続けていくことが重要であり、必要なときに外貨換算を行えば十分なのである
また、通貨を巡っては不思議なことがある
利子である
預けたお金が増えるのだ。借りたお金が増えるのだ
史上最低の金利になっているとはいえ、1%程度の利子が付く。借りれば19%?
100億預けておけば、1億である。つまり、金を多く持っている人間はそれだけで得するのである
時間が経てば、自分自身が増えていく。こんなバカなことはあってはならない
商品は摩耗し、消滅する。役務はその場で消化される
しかし、通貨という商品は摩耗しないし、消滅しない。国家が破滅すればわからないが。
商品は価値を無くしていくが、もう一方の代価として利用された通貨は減らない
それを矛盾と捉えるのか、当たり前と捉えるのかがあり得る解答であろう
ここで通貨を論理と物理に分けてみる。
預金通帳に印字されている数字は論理的なお金である。
財布の中に持っているお札、硬貨は物理のお金である。
通帳の中に存在している数字は、物理的には存在していない。
経済を計る指標は通貨の使用量である。
論理にしろ、物理にしろ、通貨の使用量である。例えば、1億の取引では、通貨が1億移動し、商品が移動する。
商品は移動した瞬間からほとんどは価値を失っていく。通貨は価値を変えない。
少なくとも、理論上は中央銀行が発行した通貨以上の量が増えていくことに気づかされる。
どこにも物理的に存在しない通貨が電子的に出回っている。
物理的な通貨を介したビジネスはどこにあるのか?
少なくとも、日々の生活の中には存在している。食品、雑貨、書籍などを買うのは物理通貨だ。
しかし、そこも段々と電子通貨、論理通貨での支払いに変わってきている。
まずはクレジットカードによる決済だ。これは少額の支払いにも支出して来ている。
スーパーで、コンビニでノーサインで使えるのである。現金の煩わしさは、数える必要があることと所有者の変更をコントロールできないことにある。
また、高額の取引については持ち運びが煩雑であるというボリューム的な要素が付け加わる。
話をローカルマネーに移そう
ローカルマネーはあるエリア(物理的な地域であることもあり、サービスの範囲であることもある)で通貨として流用される物理、論理通貨である。
代表的なモノが、マイレージである。
電子的に処理されることと、提供される航空機チケットの魅力で拡大している。
移動の自由、旅行に対してこれほどの需要があると誰が想像しただろうか。
当初は搭乗したマイルが還元されてまたチケットになるだけであったが、他の商品も相乗りすることで、日々の生活がチケットに結びつくことになった。
このローカルマネーは期限付きである。
別名をエイジングマネーとも言う。つまり年を取るお金だ。
ある時点までは有効だが、ある日付を持って消滅する。
通貨、法定通貨との大きな違いはここにある。
獲得した通貨が期限付きであり、あるエリアでしか利用できないとなると、人はすぐに消費しようとする。つまりチケットを得る「権利」であり、行使期間も限られているがために購買意欲、消費意欲を誘う。
裏の仕組みでは、権利が行使されたときのみ決済を行うとすれば、使用されない
「権利=通貨」が存在しているだろう。
プリペイドカードが利用されないまま眠っているのとは違う。
法定通貨が「消費されない」を原則に、自己増殖していく矛盾がここにはない
ビジネスモデルはローカルマネーベースへ
ここ7,8年、個人的にローカルマネーを追っかけてきた
興味の赴くまま、「エンデの遺言」から始まり、マイレージまで幅広く捉えることになったと思っている
きっかけは、商品開発、マーケティング、資本主義である
我々、いや、私の活動は何を求めてどうやっているのだろうか
提供するモノは、提供する相手は、そしてその方法は、つまりは自分のサバイバルプランニングである
私の商売はコンサルティングであるが、それは本質的に何を意味するのか
解答が欲しかったのである
営業をとは何か、営業マンの本質とは何かを探っていたとき、一つの解答として
「自分を売り込むのだ、自分を買ってもらってこそ営業マンである」に行き着いた
そしてそこから自分の本業を考え、更にこの世界で生き残ることを考えていったわけである
生きていくためには、お金がいる
そのお金を得るためには、自分の売っている商品というモノを知らなければならない
私がやっているデータモデリングでは、メタの世界が必要であり、ここから
商品→代価→お金→金の回る仕組み→資本主義
という情報の連鎖を考え、少しずつ商品と資本主義のメタ世界へと探求が進んできた
商品をモノとサービス(役務)に分けるのは普通の認識だと思う
しかし、そこには何の本質もない。ビジネスモデルは「儲かる仕組み」である
ここに現実でビジネスをしている人たちと、ビジネスモデルを開発する人たちの認識の乖離が出てくる
売ったり買ったりという、ビジネス、そこで売上だとか減価だとか通貨に換算した会話が為されるが、その通貨そのものも商品であることにどれだけのビジネスマンが気づいているのだろうか
円をドルで買う、ユーロで買う、当たり前である
日本の外から見れば、あるモノの価値はいつでも相対的であり、絶対の価値を持つモノはない
そこから導き出せるのは、円を元にビジネスを続けていくことが重要であり、必要なときに外貨換算を行えば十分なのである
また、通貨を巡っては不思議なことがある
利子である
預けたお金が増えるのだ。借りたお金が増えるのだ
史上最低の金利になっているとはいえ、1%程度の利子が付く。借りれば19%?
100億預けておけば、1億である。つまり、金を多く持っている人間はそれだけで得するのである
時間が経てば、自分自身が増えていく。こんなバカなことはあってはならない
商品は摩耗し、消滅する。役務はその場で消化される
しかし、通貨という商品は摩耗しないし、消滅しない。国家が破滅すればわからないが。
商品は価値を無くしていくが、もう一方の代価として利用された通貨は減らない
それを矛盾と捉えるのか、当たり前と捉えるのかがあり得る解答であろう
ここで通貨を論理と物理に分けてみる。
預金通帳に印字されている数字は論理的なお金である。
財布の中に持っているお札、硬貨は物理のお金である。
通帳の中に存在している数字は、物理的には存在していない。
経済を計る指標は通貨の使用量である。
論理にしろ、物理にしろ、通貨の使用量である。例えば、1億の取引では、通貨が1億移動し、商品が移動する。
商品は移動した瞬間からほとんどは価値を失っていく。通貨は価値を変えない。
少なくとも、理論上は中央銀行が発行した通貨以上の量が増えていくことに気づかされる。
どこにも物理的に存在しない通貨が電子的に出回っている。
物理的な通貨を介したビジネスはどこにあるのか?
少なくとも、日々の生活の中には存在している。食品、雑貨、書籍などを買うのは物理通貨だ。
しかし、そこも段々と電子通貨、論理通貨での支払いに変わってきている。
まずはクレジットカードによる決済だ。これは少額の支払いにも支出して来ている。
スーパーで、コンビニでノーサインで使えるのである。現金の煩わしさは、数える必要があることと所有者の変更をコントロールできないことにある。
また、高額の取引については持ち運びが煩雑であるというボリューム的な要素が付け加わる。
話をローカルマネーに移そう
ローカルマネーはあるエリア(物理的な地域であることもあり、サービスの範囲であることもある)で通貨として流用される物理、論理通貨である。
代表的なモノが、マイレージである。
電子的に処理されることと、提供される航空機チケットの魅力で拡大している。
移動の自由、旅行に対してこれほどの需要があると誰が想像しただろうか。
当初は搭乗したマイルが還元されてまたチケットになるだけであったが、他の商品も相乗りすることで、日々の生活がチケットに結びつくことになった。
このローカルマネーは期限付きである。
別名をエイジングマネーとも言う。つまり年を取るお金だ。
ある時点までは有効だが、ある日付を持って消滅する。
通貨、法定通貨との大きな違いはここにある。
獲得した通貨が期限付きであり、あるエリアでしか利用できないとなると、人はすぐに消費しようとする。つまりチケットを得る「権利」であり、行使期間も限られているがために購買意欲、消費意欲を誘う。
裏の仕組みでは、権利が行使されたときのみ決済を行うとすれば、使用されない
「権利=通貨」が存在しているだろう。
プリペイドカードが利用されないまま眠っているのとは違う。
法定通貨が「消費されない」を原則に、自己増殖していく矛盾がここにはない
2008年8月23日土曜日
人生に意味などない
鉄アレイとスキレットと(その7)
人生に意味などない
そうなんだよ。
おいらの人生にもあなたの人生にも何も意味はない。
取り替えのきかない人などいない。
意味を求めるとか、自分探しをするとか言っている間に遊んでいた方が良いんじゃないか。
随分前から庶民というか、下層階級の生活も楽になって時間の余裕が出てきた。だから、生半可な知識と共に自分探しを始める。どうせ時間潰しなんだよね、これ。
金持ちは時間潰しが上手い。だから金持ちなんだろうけど。
効率的に時間を潰すってのはできない訳で、非効率の極みが時間潰しなんだ。
そこんとこ、分かってるよね?
でもって、この時間潰しに自分の金を使わない、他人の金と時間で潰せるのを金持ちというのだろう。金持ちを続けることの難しさはここにあるのかも知れない。
金持ちになることはそれなりにできるかも知れないが、それを続けることは別問題だ。
いつだって「継続的なお取引」を求められてしまう。
おいらも居場所(プロジェクト、対象顧客)を替え続けるのは、自分が陳腐化せずにすむように振る舞っているからだろう。そんなにおいらの引き出しは奥深くない。
毎回それなりに全部出してしまうもんなぁ。
出してしまわないと補充できないからだけどね。それに棚卸しという意味もある。
賞味期限切れは、やっぱり廃棄処分だ。
ブログでも日記にでも残しておけば、まぁ吉だろう。
ここまでくれば単純だろう?おいら自身が「賞味期限切れ」になりたくないだけさ。
そうそう、金持ちの話だったけど、所詮貧乏人には分からないので話は逸れたままで行くことにするよ。よろしく。
人生に意味などない
そうなんだよ。
おいらの人生にもあなたの人生にも何も意味はない。
取り替えのきかない人などいない。
意味を求めるとか、自分探しをするとか言っている間に遊んでいた方が良いんじゃないか。
随分前から庶民というか、下層階級の生活も楽になって時間の余裕が出てきた。だから、生半可な知識と共に自分探しを始める。どうせ時間潰しなんだよね、これ。
金持ちは時間潰しが上手い。だから金持ちなんだろうけど。
効率的に時間を潰すってのはできない訳で、非効率の極みが時間潰しなんだ。
そこんとこ、分かってるよね?
でもって、この時間潰しに自分の金を使わない、他人の金と時間で潰せるのを金持ちというのだろう。金持ちを続けることの難しさはここにあるのかも知れない。
金持ちになることはそれなりにできるかも知れないが、それを続けることは別問題だ。
いつだって「継続的なお取引」を求められてしまう。
おいらも居場所(プロジェクト、対象顧客)を替え続けるのは、自分が陳腐化せずにすむように振る舞っているからだろう。そんなにおいらの引き出しは奥深くない。
毎回それなりに全部出してしまうもんなぁ。
出してしまわないと補充できないからだけどね。それに棚卸しという意味もある。
賞味期限切れは、やっぱり廃棄処分だ。
ブログでも日記にでも残しておけば、まぁ吉だろう。
ここまでくれば単純だろう?おいら自身が「賞味期限切れ」になりたくないだけさ。
そうそう、金持ちの話だったけど、所詮貧乏人には分からないので話は逸れたままで行くことにするよ。よろしく。
2008年8月17日日曜日
道には好かれる道とそうでない道がある
鉄アレイとスキレットと(その6)
道には好かれる道とそうでない道がある
どこでもジョギングをしたがるのは良くないな。
久しぶりに北海道に帰ってきて、コースを設計している自分が情けない。
のべつまくなしに動けば良いってもんじゃない。たまにはぢっとしているのも必要だろうが。
それにしても、歩くにしろ、走るにしろ、目的地に辿り着くのにショートカット、近道は使えないのかな。その方が楽だろう。
けどさ、おいらの関わるプロジェクトって奴は、近道がないんだよな。
意外にも堅実な自分がそこにいるから進むことが多々あるわけ。
なんかね、道の話に戻るけど、何回通っても違う景色が見えたり、横道の発見があったり、抜け道から違うところに通じてしまったり、良い道には仕掛けというか、緩さがあるね。
そして、気分でスピードも変えてるしね。
走りたければ走るし、歩きで良ければ歩くし。
そもそもが、好きで歩いて走っているんだよ。
気持ちの良い道が好きだけど、なければそうしてしまえば好いわけで、それが「コースの設計」なんだな。
あああ、師匠の趣味を想い出した。「マラソンコースの設計」だ。
うううう、15年も前に聞いたな。
全く、辿り着いてないなぁ、師匠の高みに、さ。
道には好かれる道とそうでない道がある
どこでもジョギングをしたがるのは良くないな。
久しぶりに北海道に帰ってきて、コースを設計している自分が情けない。
のべつまくなしに動けば良いってもんじゃない。たまにはぢっとしているのも必要だろうが。
それにしても、歩くにしろ、走るにしろ、目的地に辿り着くのにショートカット、近道は使えないのかな。その方が楽だろう。
けどさ、おいらの関わるプロジェクトって奴は、近道がないんだよな。
意外にも堅実な自分がそこにいるから進むことが多々あるわけ。
なんかね、道の話に戻るけど、何回通っても違う景色が見えたり、横道の発見があったり、抜け道から違うところに通じてしまったり、良い道には仕掛けというか、緩さがあるね。
そして、気分でスピードも変えてるしね。
走りたければ走るし、歩きで良ければ歩くし。
そもそもが、好きで歩いて走っているんだよ。
気持ちの良い道が好きだけど、なければそうしてしまえば好いわけで、それが「コースの設計」なんだな。
あああ、師匠の趣味を想い出した。「マラソンコースの設計」だ。
うううう、15年も前に聞いたな。
全く、辿り着いてないなぁ、師匠の高みに、さ。
2008年3月30日日曜日
鉄アレイとスキレットと(その5)
所詮、自分の仕事を評価をするのは他人だ。
そんな分かり切ったことはあるが、仕事で主張してきたのは確かだ。
だけど、おいらには帰るところがない。既に無い。捨てて出てきた。
帰るところのない人間には、大きな勝負、失敗したら浮浪者、ホームレスの生活は出来ない。
貧乏人はそこまでいけないから、奴隷になってでも働く。
考え方が極端であるかも知れない。
けれども、カイシャを辞めて転職する、独立する、それって評価されるようになったのはここ10年くらいだ。
7つくらい会社を変わっています、なんて言うと「凄いですねぇ」などと言われる。
裏では、「そんな博打を打たなくても俺は生きていけるけどね」なんて思ってるかも知れないが、表面的な言葉としては驚きの言葉になってきた。
それだけなのかも知れない。
生き残ることだけにあくせくしているおいらに、何かしたいことは無いのだ。
生き残ること、それだけ。
そんな分かり切ったことはあるが、仕事で主張してきたのは確かだ。
だけど、おいらには帰るところがない。既に無い。捨てて出てきた。
帰るところのない人間には、大きな勝負、失敗したら浮浪者、ホームレスの生活は出来ない。
貧乏人はそこまでいけないから、奴隷になってでも働く。
考え方が極端であるかも知れない。
けれども、カイシャを辞めて転職する、独立する、それって評価されるようになったのはここ10年くらいだ。
7つくらい会社を変わっています、なんて言うと「凄いですねぇ」などと言われる。
裏では、「そんな博打を打たなくても俺は生きていけるけどね」なんて思ってるかも知れないが、表面的な言葉としては驚きの言葉になってきた。
それだけなのかも知れない。
生き残ることだけにあくせくしているおいらに、何かしたいことは無いのだ。
生き残ること、それだけ。
2008年3月15日土曜日
鉄アレイとスキレットと(その4)
だけど、お前は何をしたいの
きつい質問でさ、1年前にある師匠(複数の師匠を持っている)に業界説明をしてもらったんだけど、帰り際にボソッと言うわけだ。
「で、お前、何がしたいんだ?」
ぐさぐさだよ。
だけどなぁ、それなりに考えてきて、経過措置はあるかも知れない(笑)。
師匠とおいらのスタートの違いかも知れない。
恥ずかしいけど、生まれ育ちかも知れない。
ここは強調しておくけど、田舎の貧乏人と、都会の中流家庭は天と地ほども違う。
だから、おいらにとっては生き残ることが最初で、その次に自分が何をしたいのかは無かったと思うよ。だって学校だって法学部というどうでも良いところだし。
本当に好きな文学とかではなかった。
学校を出たら就職に困らない、で選んだ。
それに学費無かったし。頭悪すぎるけど、大学出ていないと選択肢が異様に狭いのは知っていたから卒業免状が欲しかった。(後に、コンサルファームに入るときに役に立った)
生き残るってのは、選ばれることだろ?
きつい質問でさ、1年前にある師匠(複数の師匠を持っている)に業界説明をしてもらったんだけど、帰り際にボソッと言うわけだ。
「で、お前、何がしたいんだ?」
ぐさぐさだよ。
だけどなぁ、それなりに考えてきて、経過措置はあるかも知れない(笑)。
師匠とおいらのスタートの違いかも知れない。
恥ずかしいけど、生まれ育ちかも知れない。
ここは強調しておくけど、田舎の貧乏人と、都会の中流家庭は天と地ほども違う。
だから、おいらにとっては生き残ることが最初で、その次に自分が何をしたいのかは無かったと思うよ。だって学校だって法学部というどうでも良いところだし。
本当に好きな文学とかではなかった。
学校を出たら就職に困らない、で選んだ。
それに学費無かったし。頭悪すぎるけど、大学出ていないと選択肢が異様に狭いのは知っていたから卒業免状が欲しかった。(後に、コンサルファームに入るときに役に立った)
生き残るってのは、選ばれることだろ?
2008年3月9日日曜日
鉄アレイとスキレットと(その3)
走ることは忘れること
走るのは土の上、と決めている。以前、アスファルトの上のランニングで膝を痛めたからだ。
まぁ、その時は一番太っているときで、今よりも10k重い73kだったし、そうなると今の体重で5kのダンベル(家にはあるが使ったことはない)を両手に持って走るようなものだ。
痛めて当たり前ではないか。
それにしても、走ることと料理が近接している
城北公園があって、そこでのコースは、1.5kコース(約1800歩強、85cm/1歩で設計)、グランド外周500m、400mトラックとなっていて、それらを組み合わせているのだが、走る、ジョギング、ダッシュの時に料理のことは考えていない(笑)。
考えないためのランニングと料理
走る:きっとジョギングより速い
ジョギング&ジョック:多分歩くより速い
ダッシュ:走るより、ランニングより速いかも知れない
ランニング:確かねぇ、走ると同じ意味だと思う
ウォーキング:歩くより速いだろう、ジョックより遅いだろう
定義はどうでも良いんだが、気持ちの良いことって、考えていないことだったりする。
走るのも料理するのも同じで、考えていないことなんだな。
ただ、何か引っかかる話はあって、それを走りはじめには考えている。
だけど、お前は何をしたいの
走るのは土の上、と決めている。以前、アスファルトの上のランニングで膝を痛めたからだ。
まぁ、その時は一番太っているときで、今よりも10k重い73kだったし、そうなると今の体重で5kのダンベル(家にはあるが使ったことはない)を両手に持って走るようなものだ。
痛めて当たり前ではないか。
それにしても、走ることと料理が近接している
城北公園があって、そこでのコースは、1.5kコース(約1800歩強、85cm/1歩で設計)、グランド外周500m、400mトラックとなっていて、それらを組み合わせているのだが、走る、ジョギング、ダッシュの時に料理のことは考えていない(笑)。
考えないためのランニングと料理
走る:きっとジョギングより速い
ジョギング&ジョック:多分歩くより速い
ダッシュ:走るより、ランニングより速いかも知れない
ランニング:確かねぇ、走ると同じ意味だと思う
ウォーキング:歩くより速いだろう、ジョックより遅いだろう
定義はどうでも良いんだが、気持ちの良いことって、考えていないことだったりする。
走るのも料理するのも同じで、考えていないことなんだな。
ただ、何か引っかかる話はあって、それを走りはじめには考えている。
だけど、お前は何をしたいの
2008年3月8日土曜日
鉄アレイとスキレットと(その2)
公園の帰り道
終わると、チャリでスーパーへ向かう。
何故か、1週間分の食材を仕入れてしまうんだが、、、
これも家を出る前にあれこれ決めているつもりなんだけど、スーパーへ行くと変わってしまう。あ、良いブリかまがあるじゃない、これと、、、あー、やっぱりラムも欲しいねぇ、鳥ももの切り身も親子丼に必要だし。
財布はね、走るからどうしても5千円札とか1万円札なんだよ。落ちないようにね。
あ、そうかカードでも好いか。
ここで城北公園の構造的な欠陥が出てくるんだよ。
なんで、さ、ロッカーが無いのか。手荷物というか、ちょっとした荷物を入れておけるロッカーがあれば助かるんだけど、野球場を借りるとかテニスコートを借りるとかしないと、ロッカーのある場所が分からない。(訂正だ、野球場には無かったような気がする)
話は豚ロースに
でもって、買い物をしながら、どうしても豚ロースを買いたいんだよね。
これがスキレットに繋がる訳だ。
http://allabout.co.jp/gourmet/cookingmen/closeup/CU20020421tl1/
今までのフライパンと違う”焼く”道具を手に入れるとともに素材も合わせてしまう。ステーキでも好いんだが、牛は豚の3倍以上に飼料を食う、水を飲む。
つまりは、エコではないんだな。
もう5年も経つと水の争奪戦が表面化してくると思うけど、牛を食べているのは大変な浪費なのだ。豚は動物タンパクとしてコストパフォーマンスが好い。
イスラム教でタブーにされているのは、イスラム教が成立した紀元7世紀には、豚が居なかったんだよね、あの辺りに。
キリスト教の「産めよ、満てよ」だって、キリスト教徒が増えることは確かに大切だったからだ。
意外に理由というのはシンプルであることが多い。
それを知ったかぶりとか、大きな声で曲げていく馬鹿も多い。それだけのことだ。
城北公園は立教大のグランド跡地に浄水場機能を持たせたところである。
頭の良い役人が居て、税金を沢山使ってなおかつ良さげに見えるのは、暗渠とか埋設系の設備なんだろう、って気付いてしまったんだろうかな?
ま、それにしてもグランドは出来ているし、そのグランドを鉄アレイを持ちながら走っている馬鹿が居る、と。意外に考えず、スキレットを使うための筋力を付けているかも知れない。
終わると、チャリでスーパーへ向かう。
何故か、1週間分の食材を仕入れてしまうんだが、、、
これも家を出る前にあれこれ決めているつもりなんだけど、スーパーへ行くと変わってしまう。あ、良いブリかまがあるじゃない、これと、、、あー、やっぱりラムも欲しいねぇ、鳥ももの切り身も親子丼に必要だし。
財布はね、走るからどうしても5千円札とか1万円札なんだよ。落ちないようにね。
あ、そうかカードでも好いか。
ここで城北公園の構造的な欠陥が出てくるんだよ。
なんで、さ、ロッカーが無いのか。手荷物というか、ちょっとした荷物を入れておけるロッカーがあれば助かるんだけど、野球場を借りるとかテニスコートを借りるとかしないと、ロッカーのある場所が分からない。(訂正だ、野球場には無かったような気がする)
話は豚ロースに
でもって、買い物をしながら、どうしても豚ロースを買いたいんだよね。
これがスキレットに繋がる訳だ。
http://allabout.co.jp/gourmet/cookingmen/closeup/CU20020421tl1/
今までのフライパンと違う”焼く”道具を手に入れるとともに素材も合わせてしまう。ステーキでも好いんだが、牛は豚の3倍以上に飼料を食う、水を飲む。
つまりは、エコではないんだな。
もう5年も経つと水の争奪戦が表面化してくると思うけど、牛を食べているのは大変な浪費なのだ。豚は動物タンパクとしてコストパフォーマンスが好い。
イスラム教でタブーにされているのは、イスラム教が成立した紀元7世紀には、豚が居なかったんだよね、あの辺りに。
キリスト教の「産めよ、満てよ」だって、キリスト教徒が増えることは確かに大切だったからだ。
意外に理由というのはシンプルであることが多い。
それを知ったかぶりとか、大きな声で曲げていく馬鹿も多い。それだけのことだ。
城北公園は立教大のグランド跡地に浄水場機能を持たせたところである。
頭の良い役人が居て、税金を沢山使ってなおかつ良さげに見えるのは、暗渠とか埋設系の設備なんだろう、って気付いてしまったんだろうかな?
ま、それにしてもグランドは出来ているし、そのグランドを鉄アレイを持ちながら走っている馬鹿が居る、と。意外に考えず、スキレットを使うための筋力を付けているかも知れない。
2008年3月2日日曜日
鉄アレイとスキレットと(その1)
2年前くらいに鉄アレイを買ったんだけど、それは1ポンドリストバンドの代わりだった。
布製でボロボロになってきていたんで、中の小さな鉄球がいつ漏れるか心配だった。
話は2年前に戻るけど、06年の6月くらいに左膝に水を溜めて、それを抜いたんだけど、そうなってしまったのは前の年の年末、05年の12月に左足の親指の亀裂骨折が原因なわけ。
左足を引き吊りながらオフィスに出勤していると、右足に負担がかかり、左足が治ったかなぁってところで、右足の親指も亀裂骨折してしまう。
そこから負担をかけていた左足に異常が起こり、07年の正月に右膝の水を抜くまで2年も怪我を引きずるのね。まいったね。
計画とは無縁
そもそも、走りに行くのはラグビーの試合に出るための体力、筋力を維持するためであって、走るためではない。ラグビーの試合は走るのが当然なわけで、それもストップ&ダッシュを繰り返す。
いわゆるジョギングとか、マラソンのような長距離走と馴染まない。
城北公園に行くと、まず体慣らしで2kほどジョギング、その後に1kほど走り、次に1kのジョギングをして400mトラックに降りる。
トラックでは、ジョック&ダッシュが基本で、せいぜい20mのダッシュが1周400mの中に3本、横走り(左右)・後ろ走り、斜めでカラダを反転、などを行う。
これが、3周だったり、5周だったりして決まりは作っていない。
慣らしの段階で、それなりにその日のカラダ状況を確認している。
そこから、前の試合での反省も含めてどこを中心にやるか考え、組み立てる。だから公園に行くまで何をどのくらい、なんてのは目安しか持っていない。まして、時間も考えていない。
確かに1hは目安だ。先に書いたメニュを実行すると最短でも1hくらいかかる。
それに、公園に行くのは、平均で月に2回かな。どうしても年間15−20試合あるから、その程度なんである。大雨もあるし、寒すぎる日もある。
まぁ、最近は土日で行くようにしていて、土曜日に走ると、日曜日はウォーキング主体にしてしまう、とかである。
公園の帰り道
終わると、チャリでスーパーへ向かう。
何故か、1週間分の食材を仕入れてしまうんだが、、、(以下、次週へ続く)
布製でボロボロになってきていたんで、中の小さな鉄球がいつ漏れるか心配だった。
話は2年前に戻るけど、06年の6月くらいに左膝に水を溜めて、それを抜いたんだけど、そうなってしまったのは前の年の年末、05年の12月に左足の親指の亀裂骨折が原因なわけ。
左足を引き吊りながらオフィスに出勤していると、右足に負担がかかり、左足が治ったかなぁってところで、右足の親指も亀裂骨折してしまう。
そこから負担をかけていた左足に異常が起こり、07年の正月に右膝の水を抜くまで2年も怪我を引きずるのね。まいったね。
計画とは無縁
そもそも、走りに行くのはラグビーの試合に出るための体力、筋力を維持するためであって、走るためではない。ラグビーの試合は走るのが当然なわけで、それもストップ&ダッシュを繰り返す。
いわゆるジョギングとか、マラソンのような長距離走と馴染まない。
城北公園に行くと、まず体慣らしで2kほどジョギング、その後に1kほど走り、次に1kのジョギングをして400mトラックに降りる。
トラックでは、ジョック&ダッシュが基本で、せいぜい20mのダッシュが1周400mの中に3本、横走り(左右)・後ろ走り、斜めでカラダを反転、などを行う。
これが、3周だったり、5周だったりして決まりは作っていない。
慣らしの段階で、それなりにその日のカラダ状況を確認している。
そこから、前の試合での反省も含めてどこを中心にやるか考え、組み立てる。だから公園に行くまで何をどのくらい、なんてのは目安しか持っていない。まして、時間も考えていない。
確かに1hは目安だ。先に書いたメニュを実行すると最短でも1hくらいかかる。
それに、公園に行くのは、平均で月に2回かな。どうしても年間15−20試合あるから、その程度なんである。大雨もあるし、寒すぎる日もある。
まぁ、最近は土日で行くようにしていて、土曜日に走ると、日曜日はウォーキング主体にしてしまう、とかである。
公園の帰り道
終わると、チャリでスーパーへ向かう。
何故か、1週間分の食材を仕入れてしまうんだが、、、(以下、次週へ続く)
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