2008年8月23日土曜日

人生に意味などない

鉄アレイとスキレットと(その7)
人生に意味などない

そうなんだよ。
おいらの人生にもあなたの人生にも何も意味はない。
取り替えのきかない人などいない。

意味を求めるとか、自分探しをするとか言っている間に遊んでいた方が良いんじゃないか。
随分前から庶民というか、下層階級の生活も楽になって時間の余裕が出てきた。だから、生半可な知識と共に自分探しを始める。どうせ時間潰しなんだよね、これ。
金持ちは時間潰しが上手い。だから金持ちなんだろうけど。

効率的に時間を潰すってのはできない訳で、非効率の極みが時間潰しなんだ。
そこんとこ、分かってるよね?

でもって、この時間潰しに自分の金を使わない、他人の金と時間で潰せるのを金持ちというのだろう。金持ちを続けることの難しさはここにあるのかも知れない。
金持ちになることはそれなりにできるかも知れないが、それを続けることは別問題だ。
いつだって「継続的なお取引」を求められてしまう。

おいらも居場所(プロジェクト、対象顧客)を替え続けるのは、自分が陳腐化せずにすむように振る舞っているからだろう。そんなにおいらの引き出しは奥深くない。
毎回それなりに全部出してしまうもんなぁ。
出してしまわないと補充できないからだけどね。それに棚卸しという意味もある。

賞味期限切れは、やっぱり廃棄処分だ。
ブログでも日記にでも残しておけば、まぁ吉だろう。
ここまでくれば単純だろう?おいら自身が「賞味期限切れ」になりたくないだけさ。

そうそう、金持ちの話だったけど、所詮貧乏人には分からないので話は逸れたままで行くことにするよ。よろしく。

2008年8月17日日曜日

道には好かれる道とそうでない道がある

鉄アレイとスキレットと(その6)

道には好かれる道とそうでない道がある

どこでもジョギングをしたがるのは良くないな。
久しぶりに北海道に帰ってきて、コースを設計している自分が情けない。

のべつまくなしに動けば良いってもんじゃない。たまにはぢっとしているのも必要だろうが。
それにしても、歩くにしろ、走るにしろ、目的地に辿り着くのにショートカット、近道は使えないのかな。その方が楽だろう。

けどさ、おいらの関わるプロジェクトって奴は、近道がないんだよな。
意外にも堅実な自分がそこにいるから進むことが多々あるわけ。

なんかね、道の話に戻るけど、何回通っても違う景色が見えたり、横道の発見があったり、抜け道から違うところに通じてしまったり、良い道には仕掛けというか、緩さがあるね。
そして、気分でスピードも変えてるしね。
走りたければ走るし、歩きで良ければ歩くし。

そもそもが、好きで歩いて走っているんだよ。
気持ちの良い道が好きだけど、なければそうしてしまえば好いわけで、それが「コースの設計」なんだな。

あああ、師匠の趣味を想い出した。「マラソンコースの設計」だ。
うううう、15年も前に聞いたな。
全く、辿り着いてないなぁ、師匠の高みに、さ。